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博士のお仕事日記

博士のお仕事日記 ~つれづれなるターゲブーフ~



100万PV達成、記録大更新

講談社現代ビジネスの「他人のおにぎり問題」は、
講談社の担当者によると、100万PVを超えたとのことです。この数字は、これまでの記録、東洋経済オンライン「できる子のノートの取り方」70万PVを大幅に上回る数字です。

巨大な東洋経済オンラインのサイトの規模に比べ現代ビジネスは小ぶりなので、それを加味すると膨大な数字の創出といえます。シエア数は、「ノートの取り方」の5倍に相当しますので実際のPV数はさらに大きな数字の可能性があります。面白いのは生徒らの反応です。

数日前、医学概論の指導中のことです。生徒から、昨日、茨城県に住む母さんから電話があったというのです。「あなたの先生が二ュ―スエブリイに出演していたよ」、と言われたそうです。日本テレビには登場していませんが、朝早くから皆テレビをよく観ているものです。驚きました。

今、次回の原稿も書き進めています。次の原稿は平凡な内容なので私の通常のPV獲得数値、10万PVから20万PVを目指します。


「他人のおにぎり問題」は、シェア18000!

天文学的数字です。

その影響からか、今度東京山手線の車内の映像広告に私が登場するようです。私は中央線、総武線、地下鉄東西線、丸ノ内線しか乗車しませんので、見ることができません。どなたかこの映像広告を見かけたら、お知らせください。

昔流行した日能研の広告の映像版のようなものでしょうか。今回は仕事が詰まり、まだ東京にいます。少々栄養不足気味です。宇都宮に帰りましたら、行きつけの和食の店で鰻でも食べようかと考えています。


シェア6000超えの未知の世界

日曜日に公開になりました、講談社現代ビジネスの「他人のおにぎり」の原稿ですが、昨晩8時から今朝まで人気ランキング1位を継続し、その後1時的に停滞し、4位→2位に位置していましたが、また1位に返り咲いています。

シエアが6000を超えており、もう何が何だかわかりません。何十万人の方が読まれているのかも想像できません。

ただ、もし私のサイトを訪れる機会がありましたら、博士日記の「おにぎりの原稿こぼれ話」には必ずお目通しください。現代ビジネスに書けなかったこぼれ話を書いています。

お読み頂き有難うございます。読者の皆様には感謝申し上げます。


講談社現代ビジネスの記事「他人のおにぎり問題」は

№1を取ることができました。


日曜日に講談社現代ビジネスに公開された医学部入試に出た「他人のおにぎり問題」に関する記事は、昼頃から急激にPV数を伸ばし、夜の8時ごろには人気ランキングで1位となりました。沢山の読者にお読みいただき心より感謝いたします。

これまでの最高記録は東洋経済オンラインの「ノートの取り方」なる記事で、やはり1位でPV70万でしたが、今回はそれには及ばないですね。ただ、私のサイトに来訪されている人の数から想像するに少なくともPV20万程度は獲得したのかなと考えています。今後も、更に精進しより良い原稿を書けるように致します。有難うございました。

「なすの号」に揺られ、先ほど東京から帰りましたが、休んでいられません。これからドイツ語の医事法の文献を読みます。その後にジャズを聴きながらタマリン「遺伝学」を読みます。

「おにぎり問題」のこぼれ話

―現代ビジネスにかけなかった話―

有力サイト講談社「現代ビジネス」に他人の結んだおにぎりを食べられない子供が増えているという世相について論評した。今週の土曜日ないし遅くとも日曜日には公開になる。「小林公夫現代ビジネス」で検索すればすぐに読める。その中に,私の高校1年生の頃の話を少々盛り込んだ。

私が10代の頃のことだ。法務省に勤務する父は1年から2年に1回のハイペースで転勤を繰り返していた。中学時代も東京から横浜に転居したが、高校時代も同様である。横浜からある地方へ転居した。高校1年生といえば育ち盛りである。当時私は、1時限目の授業が終了した休み時間に、いつも早弁と称して母が作ってくれた大型のおにぎりを2個食べることにしていた。すると、その姿がいかにもおいしそうだったのだろう。その早弁タイムにクラスメートの男子1人が私の机の前に近付き立ち尽くすようになったのである。そしてある日、告白された。「お腹が空いているので僕にもおにぎりを分けてもらえないか」、と。憐憫の情はなかった。自然な感情から私は彼におにぎりを分け与えた。

数回そのようなやりとりがあって、ある日私は母に事情を打ち明けた。学校に持参するおにぎりを友人に半分分け与えていること、これではいくら昼に学食でラーメンやカレーライスの特大盛を食べてもお腹が空いてしまうことを告げたのである。そう告げられて母はしばらく考え込んでいた。その場で答えはもらえなかった。だが、翌日から登校時のおにぎりの重さが明らかに重くなっていた。母は持参するおにぎりを友人の分も含めて4個握るようにしてくれたのである。女子高校生がボーイフレンドにお弁当を作り持参するという話は聞いたことがある。しかし、よその家の子どものご飯を作り持参する男子高校生という話は耳にしたことがない。頼りにされると見過ごせないというのか、私は昔からこのように風変わりな少年であった。

しかし、この不思議な行動がなぜ自分の中で正当化されたのかといえば、自分の母親のおにぎり、いわば他人が握ったおにぎりを美味しいと言ってくれることに喜びを感じていたのだと思う。そして、それは私と母に対する信頼感が彼の心にあったからである。感謝するのは、むしろこちらのほうだ。S君、お元気ですか。


医学部推薦入試がスタート

東京では今週の水曜日木曜日の東京女子医大を皮切りに、医学部推薦入試がスタートする。私の教え子も1名受験する。女子医大は先週の土曜日が最後の指導のため、高校3年生のお嬢さんに授業の終わりに色紙を渡した。

書いた言葉は、フランス語。彼女を勇気付ける意味で書いた。それにしてもいつも思うことがある。最後の授業は別れが伴い何となく悲しい気分になるということだ。不合格になればまた指導の機会があるのかもしれない。しかし、それはあってはならないことだ。

日曜日の夜8時頃、なすの号に揺られ帰宅した。毎週4日間の新幹線通勤もかなり慣れてきた。集団授業以外に、個人の講義で現在10数名を指導しているが、通勤の慣れもあり、ペースはつかめてきている。

気になるのは、ここのところ、医事法学者としての仕事、作家としての仕事が手薄になりつつある点だ。夜は原稿も書かずにジャズばかり聴いている。今週1本、原稿が公開になるが、これを機に未完成の医学論文やその他の原稿にも力を入れていこうと思う。



34年前のお仕事日記1

先日、医学部受験予備校で教える生徒数名にある1枚の写真を見せました。この写真です。一様に返ってきた言葉が、左のきれいな女性は誰ですか、というもの。そして右の背の高い男性は誰ですかという質問が続きました。


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生徒のお父さん、お母さんが見たらすぐにわかるでしょうね。左は岩崎宏美さんですね。右は34年前の私です。全く面影がありません。この写真撮影から10年後ぐらいでしょうか。会社を退職した後、偶然お茶の水で昔勤めていた会社の社員に出くわしました。その際随分太り、顔が怖い顔になったねと言われてしまいました。安定したサラリーマン時代と異なり、日々、厳しい競争を勝ち抜きながら仕事をしていましたから、眼光鋭く、自然に顔が険しくなったのですね。

それに比べ、34年前は本当に優しい穏やかな表情をしています。この日は岩崎宏美さんの「月光」というシングルの発売に合わせて、取材をしました。私が担当していた「女の磨き粉」という連載の取材ですね。この連載は主としてアイドルや有名な女優さんにご登場いただきました。撮影は石川正勝カメラマン。場所は日比谷公園で季節は秋の終わりです。身長181cmで当時は体重が60キロしかなく痩せています。

着ている上着は、イタリアの有名ブランドの広報室の方からもらったものですね。アトリエセールに行ったら、「イタリア人モデルが撮影で着ていたジャケットだけれど、小林君は肩幅があり背が高いから、よかったら着る?」とタダでくれました。それにしても懐かしい写真です。岩崎宏美さんのコンサートにも行かねばなりません。

夏期特別医学概論講義


飯田橋のトライ・インテグラ予備校で、主に私立医学部のMMIに関する対策講座を開講しました。参加費は大手予備校の夏期講習の4倍程度の受講料でしたが、ほぼ定員に達し,活気のある講座となりました。

事務局によると、あまり学んだことがない高度な内容であると、受講生から高評価されたとの事で、また是非冬に開講したいとのことでした。

当日は京都アニメ―シヨン事件を起こした青葉容疑者の集中治療を続ける医師について、医学的、社会科学的観点から詳しく検討しました。集中治療に取り組む医師にとり、義務の衝突とまではいきませんが、その類似のケースで興味深いテーマです。

画像の説明



講義依頼の多い夏

私が指導した現役生の私立医学部合格率は今春MAXでした。100パーセント達成です。そのため合格者の口コミでしょうか、紹介で、指導の依頼が増えています。現役生が多いですね。

しかし、東京に講義に出かける日にちが限られており、あまり期待にお答えすることができていません。申し訳ありません。受験生にとり、医学部合格は人生の目標でしょうから、何とかしなければなりません。今後は東京滞在の日をもう1日増やさなければならないかもしれません。



8月17日のMMI講義

8月17日土曜日に千葉医、慈恵医科、藤田医科、東邦大医、日医、昭和医、金沢AO、女子医公募推薦、聖マリ医公募推薦などを想定した対策講座を開きます。

医学部2次試験にMMIを導入している医学部や、2次試験が難しい大学を想定した対策講座ですね。私の講座は通常、参加費が1時間1人15000円から20000円ぐらいですので、集団講義とは言え今回の1時間5000円というのは破格に安いです。既に定員に近い数字のようですが、他では聴くことのできない小林ワールドをご体験ください。

今回は高校3年生、浪人生のほか医学部を目指す高校1年生、2年生、また熱心な父親も参加されるそうです。物事を考える際に個別具体的にアプローチするのではなく、汎用性のある思考法とは何かについてお話しします。普遍的な頭脳をどう構築するかの話ですね。

興味のある方はインテグラ予備校03-3511-0764へお問合わせください。



新幹線通勤の日々

今年92歳になる母親の介護の問題が生じ、6月から宇都宮地方裁判所の横に転居し生活しています。北海道に長女、東京に次女と家内を残しての3重生活で大変です。上荻の自宅を出て急遽借りた東京のマンションは狭いので、仕事が長引くときは水道橋のホテル住まいです。東京ー宇都宮間は大阪と違いグリーン車の回数券がないため、交通費もとてつもないですね。

週に2、3回、講義のため往復しています。宇都宮は私の地元ではありませんが、法務省に勤務していた父が退職後、宇都宮家庭裁判所の調停委員に就任したことで住むことになりました。親しくしていた関東バスの社長の推薦で宇都宮ロータリークラブにも入会し家族奉仕の会の委員長などを務めました。

奉仕活動は市内の小学校回りです。ロータリークラブ入会時には会員に向けて講演をしなければなりませんが、ボアソナードについて思いを語ったようです。会員の皆様におかれましては内容がわかりましたでしょうか。

公共性とは何か

昨日は西新宿の医学部予備校で医学概論と医学部生物特別講座の指導日でした。
医学概論のテーマは、「公共性」です。医師に必要な資質ですね。人気講座化学が表講座として同時に開講されていますので、5回目の講座にも拘らず、大教室は一杯でした。医師法17条、19条の話から始めて診療義務の無いドクターコールの問題を理論的に話しました。
 公共性の原点は宮沢賢治の雨にも負けずの「東二病気のコドモアレバ~ツマラナイカラヤメロトイヒ」の1節にありますね。このような素晴らしい人間には到底なれませんし、賢治も憧憬としてこのような人物像を挙げられたのでしょうが、強い公共性を感じます。
遠山正瑛さんにも頭が下がります。自分を犠牲にしてなぜこのようなことができるのか。見習いたいですが、私にはそのような力はありません。

金曜日、土曜日は西新宿と飯田橋で、医学概論、数学、生物基礎、生物を指導します。


5月1日の医学概論

5月1日水曜日は令和になり初めての講義日でした。この日は朝から天気が悪く、裏番組の人気講座化学が休講のため、受講生の集まり具合を心配しましたが、先週同様教室はぎゅうぎゅう詰めで驚きました。受講生の皆様には恐縮ですがあまりの熱気と暑さに途中、冷房を入れさせていただきました。当日はAIと医療に関して2クラス3時間にわたりお話ししました。AIと医療の関連で、大変重要なのは「医師の説明義務」であるということを詳細にお話ししました。
と言いましても私の講義を受講していない一般の受験生には何のことかわからないでしょうね。医学部で学ぶレベルの話です。

来週5月8日は、東京の福生病院で起きた「治療の中止」に関して、アメリカの事例を交えて詳しくお話しします。「治療の中止の要件」はどうあるべきかですね。この領域は私の専門分野ですので、是非高度な知識を吸収ください。医学部2次試験対策のみならず、将来、医師になりました時に役に立つ話をしたいと思います。



繰り上げ合格の大車輪

1年間、みっちり指導をした3浪のお嬢様ですが、3月末に藤田医科大学と東京女子医科大学も繰り上がりました。現状、合計5校に合格です。この調子だと、他の医大も合格してしまうのではないか。既に旧設医科大学に手続きを済ませて入学準備をしていますから、招かれざる繰り上がりという感じです。昨年は複数校に1次合格したのに2次試験は全敗だそうですから、私のもとで学び今回は完全にリベンジを果たしました。

それにしても他の受験生も含めて様子を観察すると、いきなり繰り上げ合格が活発になりました。昨年までの繰り上げ状況から、絶望的と思われていた聖マリ補欠100番以降の教え子も何とか合格しました。1日に複数校繰り上がりという教え子も出現しています。合格し過ぎです。それにしても、こういう医学部受験の現状はいかがなものでしょうか。

まあ、3月末に繰り上げの連絡が来るならば許せます。しかし、4月上旬に進学先を変えるとなると、手続き済みの大学の入学金、学費が戻らなくなります。トータル何百万円の損失です。繰り上げ校がもし、受験生がどうしても行きたい大学なら既に手続き済みの金をどぶに捨てることになります。4月上旬の上位校の繰り上げ合格の場合、何か特別な配慮があればいいのですが。そうでなければ、親御さんは真っ青です。4月上旬に1校だけ繰り上がるならばそれはそれで福音ではありますが。

入試問題に出題されました

関東の私立医科大学医学部医学科から学長名で、許諾願いと入試問題が届きました。2次試験の課題文として、私の著作を引用したので許諾してほしいとのことでした。これまでも、獨協大学、嘉悦大学、中央大学の国語の入試問題として、私の著作は出題されましたが、医学部医学科での出題は初めてです。受験生は皆、どのような答案を作成したのか、知りたいところです。

9月ごろ刊行される赤本には掲載されますので、出版されましたら、ぜひ解いてみてください。テーマは公共性です。人間が公共的に生きることについての意義に関して述べています。この話は私の医学概論の授業でいつも話しているテーマです。


1年間指導した3浪女子

昨年の4月から毎週欠かさず1年間指導した3浪のお嬢様が今年は快挙を成し遂げました。数日前、お母様からメールの連絡があり、最終的に昭和大学医学部、東邦大学医学部、杏林大学医学部の3校に合格したそうです。

毎週日曜日早朝の7時から2時間しか指導時間が取れず、しかも大学院レベルの学術論文を読んだり、宿題も多い授業でした。彼女の講義ノートは膨大に膨れ上がりました。にもかかわらず、弱音を吐かずに私の厳しい指導に1年間よくついてきました。嬉しいです。

私は著作活動や研究など諸事情により、この春から指導時間が制限されます。既に、金曜日、土曜日の午前中、日曜日の午後にわずかな指導時間が残るのみで、他の時間は埋まりました。医学部の考察生物、推薦入試など、どうしても指導を望まれる方は、早めにご連絡ください。


医学部合格も金メダルも両方目指してください


5年前のことである。新宿の住友ビルにある医学部受験予備校で受験生を指導していた時のことである。事務担当者から、朝比奈さんという高校3年の現役女子高校生を指導してほしいといわれた。1回だけの集中指導である。

当日、指導時間が訪れた。私がいつも指導しているA教室にその子供が既に待っているというので、ガラス越しに外から中をのぞいてみた。しかし、短髪の体の大きい男性らしき人物がいるだけで、女子高生はいない。私は、今日の指導部屋はどこかと、再度、事務担当者に尋ねた。返事は、同様であった。やはりA教室だというのである。又、見る。しかし、やはり女子高生などいない。いぶかしく思いながら、私は思い切り、A教室の扉を開けた。するとそこには、全日本レベルの柔道女子がいたのである。

3月17日の朝日新聞朝刊に朝比奈沙羅さんの記事を見つけた。モンゴルに彼女が出稽古に出かけたこと、大学の他学部を卒業して、医学部に再挑戦するなどの記事が掲載されていた。五輪の金メダルも医学部合格も両方を目指してほしい。彼女ならできるだろう。記事に触れて、私はなぜかすがすがしい気分になった。

安井進さんの写真

その昔、マスコミ勤務時代に大変世話になりました安井進さんに先日写真をお撮りいただきました。安井さんはanan、Popeyeなどフアッシヨン誌で、またビートたけしさんの写真集などで著名な写真家です。
当初、OLDCROWのディーラーの方にインスタグラムで公開してもらうはずでしたが、暖かくなり,公開する写真は春物中心なのか、今回は掲載してもらえませんでした。ですので、ひとまず、私のサイトに公開します。
次回の冬にはもう少し大きく様々なところで公開したいと思います。今日はお仕事日記とは全然関係ない話になりました。あしからず。

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合格報告

今日は早朝から講義でしたが、帰り際に事務担当者から,嬉しい知らせを受けました。教え子が横浜市立大学の医学部医学科に合格したとのことです。

この受験生は1月から2月の直前期に集中指導した学生ですが、性格が素直で前向きで、私の医学知識等を完全に吸収しました。好奇心がとても旺盛で学問と向き合う姿勢が違うようにも感じられました。

先月の2月20日は1日で医学部2次試験対策を9時間半指導しましたが、この日だけでも、彼1人の横浜市大小論文・医学知識対策に3時間を費やしました。今年は横浜、大阪と公立大学医学部に2名合格したことになります。


エルムのクラークカレーが美味しいです

本日合格発表があり、指導していた2名がおそろいで、北大医学部に合格しました。私の長女も専攻と研究は異なりますが、この春から3年次生になります。一応、彼らの先輩にあたりますね。以前、娘と北大構内のエルムというレストランに行きましたが、ここのクラークカレーは絶品です。私は特注で大辛カレーにしてもらいました。ぜひ食べてほしいものです。ただ、教員や大学関係者が打ち合わせ等で使用しているお店のようなので、学生だけで騒げる感じのお店ではありません。あしからず。


MMIの指導は任せてください

昨日、今日と順天堂大学医学部、東京慈恵会医科大学の合格者が連続で発表になリましたが,相当に時間をかけて難関2次対策を指導し、MMI対策もかなり時間をかけて指導した教え子が両校で正規合格しました。
特に東京慈恵会医科大学は、現在判明しているだけで2名の正規合格者が出ています。私は小論文、面接重視(MMI重視)の医学部には強いです。医学の専門的知識にも強いです。
これから国立大学医学部の入試ですが、こちらもかなり成果が出そうです。
先日2日間で17時間指導して、国立医学部組は指導を完成させました。明日は残る、北大医学部志望者を早朝から指導します。

春がきましたね

昨年の11月、12月、夏から推薦入試を指導していた現役女子が早々と聖マリアンナ医科大学と産業医科大学に合格しました。医学部小論文、英語小論文、考察生物などを指導したのですが、幸先の良いスタートでした。残るは、現役男子と3浪女子でしたが、現役男子は数日前、帝京大学医学部に正規合格し、3浪女子は昨年は全滅でしたが、今年は本日、東邦大学医学部に正規合格しました。3浪女子は1年間毎週指導したので、力がつきました。これで、西新宿で担当した個別指導組は100パーセントの合格を達成しました。気になるのは、他の予備校で教える生徒ですが、こちらも何とかせねばなりません。まだまだ、私の役目は続きます。

明日は東京慈恵会医科大学の2次試験対策と順天堂大学の2次試験対策です。慈恵は内部生5名に外部からの参加者1名の計6名です。順天堂対策はすでに10日に終了していますが、気になる生徒を少々集中治療します。19日からは、香川大学医学部生物と広島大学医学部生物対策や、北海道大学医学部、千葉大学医学部、富山大学医学部、群馬大学医学部など国立大学2次対策に取り組みます。未だ未だ休むことはできません。




大コンメンタール刑法三版2巻が増刷になります

今日は、私の専門の1分野、法律の話です。大塚仁博士からの依頼で執筆しました「大コンメンタール刑法」ですが、法務省関係(全国の裁判所ならびに検察庁)に一括採用になったようで、2000部以上増刷になりました。750ページ11000円という高価な大事典ですので2000部以上増刷とは驚きです。750ページ中、私一人で250ページほど書いておりましたので、なかなか増刷にならないのは私の論文のせいだと、責任を痛感しておりました。少し安堵しました。治療行為の正当化に加えて可罰的違法性や超法規的違法性阻却など違法論に関して書いているのですが、これで裁判所が違法性を判断する際に私の論文を多少なりとも参考にすることになりました。師匠の大塚仁博士からも、ますますこの分野の研究を深めなさいとお言葉を頂戴しました。

この間博士と電話でお話ししましたが、大変お元気で安心しました。左が刑法学の重鎮、大塚仁博士、中央は奥様で歌手兼弁護士の大塚錥子先生です。

大塚



25年ぶりの表参道

今日は、猛烈に多忙でしたが、気分転換に表参道のHbeauty&youthまで服を見に行きました。現在は学者兼作家ですが、サラリーマン時代はマスコミ勤務であり、フアッションにはうるさいです。最近興味があるのはOLD CROWとこのブランドで、今日は、東京にあるこのブランドの本店に行ったわけです。お値段の問題もあり何も買わずに帰宅しましたが、品ぞろえがすごいですね。今日、気になりましたのは、丈の長いコートと、時計と靴です。ただ、7万円の靴というのも、自分には不相応で、今回は眺めただけでした。残念。

ところで、時期も時期なので、ここにきて指導が極端に過密になりました。一方で作家として、原稿も書かねばなりません。明日は時間を見つけて、医学部の入試不正問題に関して原稿を書きます。



あちらこちらから原稿依頼

医学部の不祥事報道が続いているためか、複数の大手出版社から、原稿を書いてほしいと依頼がきています。内容は女子医学部受験生の実状、女性医師の仕事の現場と実状、多浪生は女子同様に減点されているのか、医学部2次試験の現状など、おおむね4つのテーマです。

他にもここに紹介できないテーマへの依頼もあります。しかし、こういう内容はどこまで踏み込んで書いていいものやら、正直戸惑いを隠せません。現在、多くの医学部志望者に接する中で感じている受験の現状については面白い話が書けるでしょうか。いずれにせよ、とにかく忙しい時期ですので、興味のあるテーマを選択し、なるべく学術的な論文に近いものを書いていこうと思います。今回はそういう硬派な依頼も来ています。

今月は、まず2社に原稿を提出します。どういう反応が出ますやら。楽しみです。



医事法講義の補足2

1時間という講義時間の制約がありましたので、いくつか重要な論点がお伝え出来ませんでした。まず、3.現実的なその他の諸問題③に関して補足いたします。Drコトー診療所という漫画の1場面ですが、このようなケースでは医師はどうすべきかという問題です。ここでは船上での緊急手術を拒否する父親と、生命を救助しようとする医師の行為が対立しています。対立の構図は

患者の自己決定権(本件の場合は子供の親権者の意思)
VS
医学的正当性を基盤とした医師の治療の意欲、意思
となります
私が申しあげたいのはレジュメ中のCの立場で果たして良いかということです。Cの立場は確かに父親の意思を尊重していますので、無難といえば無難です。しかし、医学的な立場から、緊急手術の必要性があると感じられるのに、手をこまねいていて良いかという問題です。「Cの立場は親権者の意思を尊重しているから、何ら問題はない。だから、搬送中に子どもの生命が喪失しようとも致し方ない。」という考えを、私は是としません。皆さんはどのようにお考えですか。

また、④のabcは、診療義務と医師の免許制度が深くかかわりを持ちます。ドクターコールの場合は、急病人から、正式な診療の求めがあるわけではないし、診療契約も存在しませんので、そもそも診療義務がありません。ところが、急病人に手を差し伸べると、保護義務が生じますので、自らを危険にさらしたくなければ、息をひそめていれば良いのです。しかし、講義中にもお話ししましたが、医師法の17条で、医療行為は医師にしかできないのです。免許制度なのです。それでも、名乗り出ないのですかということです。一般人に治療は許されておりません。難しい問題ですが、考えを深めてみてください。
良きサマリア人の法など、参考になります。

④のdは理事長先生が述べられているお話です。「気高さは義務を要求するか」と問われれば、私には明確な答えは持ち合わせておりませんが、「気高さは公共性を要求する」ということは言えるのではないか、と日々感じております。関連の話で2の⑤番、薬害エイズ事件は興味深いです。法律上は、専門性が高いからと言って、過失における注意義務が増すわけではありません。我が国における血友病治療の第1人者だからといって注意義務が増すわけではない。注意義務の基準は、あくまで標準的な医師が基準となります。このあたりも考えを深めてみてください。


医事法講義の補足です

先日、私立医科大学医学部医学科の4年生に向けて医事法の講義を担当しました。
プライバシーの問題がありますので、フロントページでは、講義風景は控えめに紹介していますが。講義室は満杯で、医学生の皆さんに熱心に取り組んでいただきました。以下、講義の補足事項です。

刑事過失に関して
刑事過失は、通説である新過失論によれば、行為者に①客観的予見可能性がある⇒②客観的予見義務が発生する⇒③客観的回避可能性がある⇒④客観的回避義務が発生する⇒そして⑤この客観的回避義務に行為者が違反すること⇒これが過失の実行行為である、とお話ししました。

講義中に紹介しました杏林大学割りばし死事件では、客観的予見義務までは認められましたが、東京高等裁判所の判断では、客観的回避可能性が本件では認められなかったとお伝えしました。具体的には、問診時に医師が幼児の口腔内を精査し、慎重にCT画像を撮り、頭蓋内に7,6cmの割りばしの破片を確認し、即座に脳神経外科医に引き渡したとしても救命の可能性が存在しなかったとの結論に至ったわけです。つまり、もし最善の努力をしていても助からなかったという状況と判断されたわけです。客観的回避可能性として致死の結果を回避できない事案と判断されたわけです。上図でいうと③番で切れてしまうわけですね。ご理解いただけましたか。

講義後、熱心な学生から以下の質問を受けました。
質問  「杏林大学割りばし死事件では、②番の客観的予見義務違反までは存在したが、その先の③客観的回避可能性がないから、構成要件該当性がなく犯罪不成立という理解でよろしいですか」という内容です。概ね理解されており、良い質問ですが、②は客観的予見義務が医師に発生するという意味で、予見義務違反があるわけではありません。義務違反が問題となるのは、あくまで④の客観的回避義務違反の部分です。

2.今回は時間が足りず、配付した千葉大学医学部附属病院の過失の事案には触れられませんでした。ですので、少し講義の補足をいたします。

60代女性の事例
これは、初期の担当医がCT画像の診断を受け報告書で腎がんが疑われると指摘されていたにもかかわらず、十分確認せず、4年後の昨年10月に別の診療科で撮影したCT画像で腎がんが確認され、同年12月に亡くなられたという事案です。
学ばれたことをこの事案にあてはめると、こうなります。①初期の担当医の腎がんに対する客観的予見可能性があれば⇒②客観的予見義務が発生⇒③客観的結果回避可能性があれば⇒④客観的回避義務が発生⇒客観的回避義務違反と認定されれば、過失の実行行為があるということになります。あとは過失の実行行為と致死結果との間に因果関係が認められるか否かです。疑いから死亡まで4年という年月は、難しい側面がありますが、疑いが真実であれば回避可能性の点では、医師は不利になります。それだけの時間が空いていれば、生命の危険は回避できたのではないかということです。

講義でもお話ししましたが、あとは被害者の家族の処罰感情の強度などが関係してきます。また、本件の場合は、治療中の過失が問題ではなく、データの見落としでありここも難しい側面があります。データ上の疑いが疑いにとどまらず、真にがんに罹患していたかということです。
in dubio pro reo の原則からすると、疑わしきを罰することはできません。興味のある方は勉強を深めてみてください。質問がありましたらどうぞ、遠慮なくお知らせください。



医学部入試生物に異変

今年の医学部入試を概観していて気になることは医学部に出題されている生物の入試問題が、かなり難易度が低下しているということです。問題用紙を持ち帰れる大学のものしか見ていないので何とも言えませんが、その中で従来通りの出題難度と感じたのは、慈恵医大と日本医科大(前期)ぐらいです。

詳細は述べられませんが、関西系の中堅医学部の問題にやや取り組みにくいものがある点も特筆すべきことです。1番大きく変化したのは昭和大学医学部で、Ⅰ期Ⅱ期ともに難易度がかなり低下しました。昭和大学に関しては、私の生物の授業でかなり予想をしており今回も、ある根拠をもとに予想を立てていましたが、今年は完全に肩透かしを食わされてしまいました。医学部特殊問題研究と題し直前に7問ほど受講生に配布しましたが、

予想したような難問は1題も出題されず、左心室の圧容積曲線など手あかのついた問題が出題されました。これは、2015年5月21日に東洋経済オンラインに私が解説した問題であり、まさかという感じです。

※ 昨日今日と、西新宿の予備校の事務の方から教え子の合格報告が追加でありました。順天堂大学医学部1名,日本医科大学後期1名、山梨大学医学部2名です。山梨大学医学部の合格者に関しては、私の基礎医学概論に1年を通じほぼ全て出席しており、嬉しい限りです。これから皆、様々な道を歩まれるわけですが、良医を目指して精進ください。



武井壮さんのコメントに絶句

東洋経済オンラインに久々に原稿を寄稿しましたところ、思わぬ反響があり、昨日は、最近の話題ランキングの3位として、東京MXテレビのバラいろダンディという番組で私の記事が紹介されました。「別れの手紙を書かせると医師の資質がわかる」という記事ですが、出演していた武井壮さんは、一言「探さないでください」と書かれるのだそうです。600字には全然足りませんね。スタジオは大爆笑でした。当日のテレビ画面は、「誰でも受かる医学部入試の極意」に紹介されていますので、興味のある方はご覧ください。

医学部入試の合格発表が続いていますが、ここのところ奇跡とも思える合格が続いています(失礼)。正直難しいだろうと思われた方の合格です。先日も東京医大に合格された教え子から直に電話を頂戴しました。数多く集中特訓しているにもかかわらず結果が出なかった方もついに東北医科薬科大医学部に正規合格しました。でも1番の驚きは本日です。大逆転で、指導した現役生が弘前大学医学部に合格したと、電話を頂戴しました。この話はすごい驚きです。2年続いての逆転合格ですね。さて本命の明日はどういう合格者がどれだけ出ますことか。

京大医学部受験の朝

今日、知り合いから面白い話を聞きました。今年の2月末日、その方の息子さんが京大を受験した日のことです。京大の受験会場に向かう途中、電車の中で3人の医学部受験生に遭遇しました。3人は何やら医学談義をしていました。驚いたのは医学用語を口にする3人が読んでいた本です。

なんと彼らは私の書いた「医学部の面接」を読みながら、論評していたというのです。3人も一緒に京大医学部を受験するというのですから、おそらく相当なレベルの進学校の生徒さんなのでしょう。もう一つ、これは良いのか悪いのか。西新宿の医学部受験予備校の教え子が、東邦大学医学部の受験会場に行った時のことです。2次試験待ちの多くの受験生がやはり私の面接の本を熱心に読んでいたというのです。本の大きさとページの色使いでわかったそうです。著者としては嬉しいですが、これは良いことなのか悪いことなのか。いずれにせよ書き手としてますます精進せねばならないことだけは事実です。

追伸。本日公開の東洋経済オンライン「別れの手紙を書かせるとわかる医師の資質」は多くの受験生、教育関係者、医師の皆様にお読みいただいているようです。有難いことです。心より感謝致します。



冬来たりなば、春遠からじ

1月26日は飯田橋で帝京大学医学部受験生に、生物を指導し、その後西新宿の予備校に指導に向かいました。ガラス越しに事務局を覗くと、先日杏林大学医学部の指導をした2名がおられて、顔に「合格」と書いてありましたが、到着するなり合格報告を受けました。1人は難度の高い東京都枠の合格者、もう1人は一般枠の正規合格者でした。2人ともそれなりに長い浪人生活を続けて来られ、大変だったと思います。しかし、「冬来たりなば春遠からじ」(パーシー·シェリー)なのですね。2人には、少し早めの春が訪れました。
昨晩はよく眠れたことでしょう。

ところで、最近、邂逅という言葉を強く意識します。26日と27日の2日間にわたり、順天堂大学医学部2次対策を4名の1次合格者の方に指導しましたが、その中に、私の次女の小学校時代の1年先輩がおられたからです。不思議なご縁です。実は他に次女の1年先輩、4年先輩も身近におられます。なんとか合格してほしいものです。ここからは、現在指導している受験生の合格を祈る日々が続きます。月曜日、火曜日あたりが天王山でしょうか。

明日は神社に祈りに行きます。やるだけのことはやっているので、あとは神頼みしか道は残されていません。このセリフ、なんだかロべスピエールの演説みたいですね。


音の本棚の時代

本日、PHP研究所から印税の明細が届きました。驚きました。新書の印税というと、ここのところ電子ブックのものが多く、数十冊しか売れていないことが多かったからです。

作家にもよりますが、電子ブックは売れません。売れるというのはある意味誤解です。確かに手軽という点では、紙媒体よりも電子媒体のほうが売れると考えられないこともないでしょう。しかし、それは逆で、まだまだ紙の人気は根強いです。

ところが、今回は、数百売れているものがありました。オトバンクFeBeから発行された「勉強しろと言わずに子供を勉強させる法」です。音の本棚ですね。読むのではなく電車の中で聴いてくださる方がおられたのでしょうか。有難うございます。時代が大きく変わりつつあることを実感しました。



シアノバクテリアは光合成細菌ではない!?

今日、困ったことがありました。私の教え子が、「シアノバクテリアは光合成細菌だと友人から言われた」と言うのです。先生の先日の説明は正しいですか、と。これには困りました。少々微妙ではありますし、不正確な数研出版の図録などにはそのような記述もありますので、それを信じればそうなってしまいます。しかし現在は、シアノバクテリアは「酸素発生型の光合成を行う原核生物」ではありますが、「酸素発生型の光合成細菌」という位置づけにはなりません。
確認の意味でいくつかあたってみましたが、ある事典には、光合成細菌とは、酸素を発生しない光合成生物の便宜的総称であり、紅色イオウ細菌・緑色イオウ細菌・緑色非イオウ細菌・ヘリオ細菌などの全く異なる系統分類群を含んでいるが、「伝統的にはシアノバクテリアを含まないことになっている」と、ありました。また、シアノバクテリアの定義について、ある専門書には、クロロフィルaとフィコビリン色素を有する「酸素発生型の原核光合成生物」であると記されていました。真正細菌・光合成細菌とは酸素発生型の光合成を行う点で区別されているとも。さらに系統上も異なると付記がされていました。系統上の問題は強い証左となりますね。入試で問われかねませんので、皆さんご注意を。



医学部医学科の4年生のレポートに触れて

先日講義をいたしました医学部医学科の4年生が書かれたレポートが医科大学から
自宅に送付されてきました。講義の取りまとめをされている先生から送られてきたものです。大方目を通しましたが、学生たちは難しい刑法、医事法の理論を短時間によく理解され、また分析されておられ感心しました。皆、優がつけばよいのですがそうもいかないようです。できれば講義中にお話しした「noblesse oblige」と医師の診療義務との関係性についてどなたかに書いていただきたかったのですが、今回は提出されていませんでした。法と倫理の問題ですので難しい議論です。ですので、ひとまず私が、近日中に論文を書きたいと思います。現在、「刑事裁判における治療目的の意義」なる論文も書いており、折を見て発表したいと考えています。

季節外れの合格報告

先日驚くことがありました。西新宿の医学部予備校の事務担当の方から、「今年の1月に先生が集中特訓をされた受験生が、今日、突然現れ、自治医科大学に合格していました」というのです。

これは寝耳に水でした。正直この学生に関しては、この数か月、心に引っかかるものがありました。志望書はもちろん、総合診療や地域医療、NBMに関して相当力を入れて指導したからです。ただ、受験された県が日本でも1,2位を争う激戦の県でしたので、その中で合格者が2名となると、やはり私の力も及ばなかったかと、正直失望しておりました。

季節外れの遅れてきた合格報告ですが、嬉しいです。ただ、1番嬉しいのは彼が医師となり、僻地で患者の生命の保護と健康の増進に寄与してくださることです。


本当に

今日は、親御さん向けのお話です。

教育に関する講演会で、いつもお話していることがあります。それは、お子さんのことで悩まれているときは、それがどのような悩みであっても、親の希望や親の抱く理想に無理やりお子さんを近付けようとしてはいけないということです。勉強、生活習慣などそれはすべてに当てはまります。子供が思うようにならないとイライラは募ります。しかし、そのような場合は性急な態度はとらず、1回深呼吸をして、翌朝小言は言うようにしてみるといいと思います。不思議なことに、翌朝になると、言わなくてもよいことがこんなにあるのかと気付くはずです。それでも言うべきことがある場合は、親の側からはなるべく主張せずに、子供の言い分を真剣に聞いてみてください。

先日懐かしい詩を目にしました。ここにご紹介します。

本当に

本当になって
話をきいてくれると
そのうれしさに
目のまわりがあつくなる
でもその人に
はずかしいから
ぐっとこらえると
ひざが
ガクガクしてきて
体がふっと浮きそうだ

矢沢宰詩集「光る砂漠」(童心社刊)

子供と衝突したときは、「私たちは親子なんだ」ということを忘れずに対応してみてください。親子というのはどうにも切り離せない絆です。
心から向き合えば、子供は開かれた窓を持つようになります。


少し古いけれどディスカバージャパン

昨日は大変でした。午後1時に金沢で、医学部入試講演会終了後、帰京する直通の新幹線が夜7時までなかったからです。途方にくれました。6時間待ちです。

結局、特急「しらさぎ」で石川,福井、滋賀、岐阜、愛知を回り、名古屋からのぞみで帰京しました。相当な時間を無駄にしましたが、収穫もありました。「しらさぎ」はスピードはゆっくりですが、趣がありますね。駅名を覚えてしまいましたが、途中停車した加賀温泉では、石坂洋次郎の「ある日私は」を思い起こし、鯖江では、焼きさば寿司とめがねを連想し、武生ではいわさきちひろのことを考えながら、静かに旅を楽しみました。

その後、敦賀では巨人の内海投手のことを思い、米原では、33年前に講演のお誘いを受けた米原高校のことを思い起こしていました。もし、米原高校に講演に行っていたら何を話したのでしょうかね。どういう出会いがあったのか。米原の後停車した大垣は、高校野球の強豪がある場所ですが、少々寂しい感じでした。意外です。想像とは異なります。その逆に尾張一宮は、名前からすると古いイメージがありましたが、車窓から見える風景はすごい都会でこれまた驚きました。

それにしても金沢に行くときに乗った「はくたか」は、酒の名前のようですが、速いです。そもそも実際時速120kmぐらいで飛ぶようですね。その点、さぎは56kmとやはり遅いです。
しかし、こまちは人間ですから、さぎより遅いですね。小野小町が100m走で何秒なのか、そんなのわかりませんね。列車の命名の基準はどういうものなのでしようか。



防衛医大の指導はいつもと何かが違う

先日、名古屋出張から帰京してすぐ、防衛医大の一次試験に合格した4名を指導しました。指導内容は秘密ですが、2時間の指導中、私自身何とも不思議な気持ちになりました。親心というのか何というのか。自衛隊の医官の勤務先は自衛隊病院のような機関だけではないですからね。部隊に配属される場合もある。危険が伴う国際貢献の場に出向く場合もないとは限らない。4人の顔をみつめながら、あれこれ考えていたら、不思議な感覚になりました。やはりふだんの講義とは何かが違います。まったく的外れですが、講義をしながら橋本以行(もちつら)とか「真夏のオリオン」とかを思い出していました。「命を粗末にしてはならない」というあの言葉を思い出しました。命の危険はないとは思いますし、医官の皆さんとは関係ない話ですが、リーダーは部下の命を粗末にしてはならないというあの姿勢を思い出したのです。話が重くなりました。何を考えているんでしょうかね。7日は早朝7時半から第2回目の講義です。


国立医学部合格の当たり年

国立大学医学部前期の合格発表が続いていますが、先日もこのコーナーに登場した、1年間生物をみっちり指導した西東京のお嬢様が何と、山口大学医学部に合格しました。彼女は、今日発表があった昭和大医学部Ⅱ期の1次にも合格していますので、快挙です。昭和大学医学部は生物が難しく、これまで指導してきた者としては何とも嬉しいです。

 実は今年は当たり年で、1月末から2月末にかけて集中特訓をしてきた多くの方々がこの数日で多数合格しました。特に深く指導した方で言うと、弘前大医学部、群馬大医学部、千葉大医学部の合格者でしょうか。それぞれに印象深い方たちです。もちろん、学科もお出来になったのでしょう。ただ、2次対策をじっくり指導した方が難関医学部に合格していくのは感慨深いです。

 ところで、東洋経済オンラインに明日くらいに新しい記事が出ます。今回はerlaubtes Risiko(許された危険)について、先日3月1日の認知症判決を素材に書いています。この話は今年の1月に、医学部受験生に認知症事件にからめ解説しましたが、皆ポカーンとして聞いていました。難しく感じたのでしょうか。
 許された危険の法理は、私の専門分野で、私の師匠の師匠のそのまた師匠のハンス・ヴェルツエルという学者が言及している理論です。読んでみてください。

人の心を動かすもの

今日は、又嬉しいことがありました。
それは、続々と合格者が出ているからです。

身近なところでは、約7ヶ月にわたり医学概論や英論文などを指導した、西東京のご令息が岩手医科大学に繰り上げ合格しました。夕方5時過ぎ、合格発表のすぐ後でしょうか、西東京のスタッフの方からお電話を頂戴し、本人と直接お話しました。思えば長い年月でした。

西東京のスタッフの皆さんの温かい真心を私は日々見ていましたので、心からの愛情は人の心を動かすのだなと、実感しました。愛情を注がれた人は、また、人に愛情を注ぐものです。今度は、彼が東北の地に戻り、地域の人に恩返しする番ですね。

また、集団講義を担当する精鋭予備校では、東京女子医大の一次合格者4名のうち、3名が正規合格しました。女子医は昨年が0、おととしが4名の1次合格に対して、正規合格者は1人も出ませんでした。
ですので、今回は快挙です。

私の研究する先進医療の話を直前に講義で学ばれ、その問題点を二次試験で披露してくださった方もいて、合格したのは嬉しい限りです。確かに、人が合格していくことは教育者としては嬉しいです。

でも、寂しい側面もあります。それは、この春から彼らにはもう、教えることが出来なくなるからです。春にはお別れですね。

“だいせんじがけだらなよさ” (寺山修司) ですね。

導く喜びを味わう瞬間

 医学部の合格発表が続いています。最近一番うれしかったのは、1年間、みっちりと医学部生物を指導させて頂いた西東京のお嬢様が、現時点で私立医学部2校に正規合格したことです。センター試験生物も9割取られましたし、ひとまず責任を果たしました。また、同じく昨年の11月末から2ヶ月強、医学概論を個人指導したご令息が、先日私立医科大学に正規合格しました。午前11時に予備校のPCで合格発表サイトを一緒に開き、受験番号を発見したときは手を取り合い喜びを共にしました。
 
 それにしても私立医学部はどこも3500名ぐらいの受験者で、一次合格者は400名ぐらい。そこから100名の正規合格者に入るとは快挙です。ふと、ほぼ一人で指導して、医学部に6割ぐらい入学させていた昔を懐かしく思い出しました。

そんなことを考えていたら偶然でしょうか。以下のメールが届きました。

ご無沙汰しています。私は高田馬場のMAで先生の指導を受け、ちょうど2000年に帝京大学医学部に正規合格したKという者です。その節はお世話になりました。
大げさでもなんでもなく、先生のご指導がなかったら医者にはなれなかったと思っています
私も早いもので医師になってから10年が経ちました。
千葉県で、産婦人科医師として勤務しています。
先生の東洋経済オンラインのコラムをたまたま拝見して、このサイトにたどり着きました
最初はなんとなく拝見していて、読み進めてから先生の執筆していた参考書の文面に良く似ているなあと思ったら、最後に先生の名前があって。とても懐かしく拝見いたしました
これからも先生の活躍を陰ながら応援しています!」

 この方は優秀な方で2年間指導しましたが、1年目にも私立医大の1次試験には合格していたのです。この当時は、(月)~(金)の毎朝6:30~9:30まで医学部生物テストゼミを担当し、そのほかに医学英語長文読解、数学Ⅲ、医学部小論文を一人で教えていました。受験生を背中でぐいぐい引っ張っていた時代ですね。現在は、医学部生物は極端に難しくなっており、最先端の研究論文などにも目を通しながらの指導でないと、なかなか成果は出ません。
 私も気を抜かず、今年の最新入試問題を解明しつつ、指導していきたいと思います。集団講義で生物と医学概論を1年間、指導した予備校の生徒はかなり数字を挙げており、明日も日大医学部2次試験の集団講義です。



最近多い質問

医学部の新書の原稿が終わったといっても、忙しさは続いています。
来年の1月に大学生向けに3冊の就職本が出版されるのですが、その校正などが大量に出てきています。粘り強く一つひとつ片付けていかねばなりません。ところで、最近気になる出来事がありました。指導をしている学生から妙な質問をされたのです。

その1
「先生、趣味はサボテンなのですか?」

その2
「小林公夫Facebookを見ました」

その3
「小林公夫ツイッターを拝見しました」

エーッと驚いてしまいました。
全て同姓同名の人ですね。私はトゲのあるCAM植物は苦手ですし、Facebookもツイッターもしておりません。

ただ、その4「先生は2000人くらいの大学生に講義をしていたのですか」
この質問への答えは「本当です」
この方はブックスキャンの私のインタビューに掲載されていた、写真を見たのでしょうか。
大学での講義は少ないケースで受講生は300人、多いときは1回の講義で3000人くらいでした。
不思議に思われるかもしれませんが、講義は学生の数が多ければ多いほど楽なのですよ。

11月になってしまいました。東洋経済オンラインの連載を再開させねばなりません。
今週は絶対に原稿を提出します!!



合格請負人としてますます努力します

昨日、今年の司法試験の合格報告についてお知らせしましたが、その後また追加で合格報告がありました。メールの概要をお知らせします。

ご無沙汰しております。
司法試験に合格しました。

昨年は不甲斐なく先生に連絡差し上げれず、申し訳ありませんでした。
やっと、やっとスタートラインに立てます。一年生からの小林先生のご指導がなければ、勉強の仕方もわからず挫折していたと思います。本当に小林先生と出会えたことがこの合格につながっています。
本当にありがとうございました。

                      修了生 A.M

この学生も2年間みっちり小林ゼミで指導した生徒ですね。
桜美林の公開講座でも指導しました。法曹界は厳しい現状がですが、立派な弁護士になってほしいと思います。

それにしても、今年の合格報告は2人とも女性でした。
男性陣はどうしたのでしょう。

嬉しい合格報告

今日、9月8日は司法試験の合格発表の日でした。すでに2名の方から連絡があり、1人は不合格でしたが、1人は合格したそうです。
法科大学院で2年間みっちり刑法を教え、その後桜美林の研究所主催の公開講座でも指導した生徒です。
合格メールの内容をほぼそのままお知らせします。

小林先生
無事に合格しました!
小林先生には大変お世話になり、本当に有難うございました。
合格できましたのも先生に教えて頂いたおかげです。
また改めましてご報告をさせて頂きます。

                   修了生 TW

だいぶ時がたちますが、いつまでもこのように言って頂き嬉しい限りです。
今月は、他に難関入試を受験している教え子からも合格のメールが届きそうです。
合格請負人として、さらに頑張らねばなりません。

読者から届いたメール

8月15日に東洋経済オンラインに「ひらがな」で生物入試の解答を書かせる帝京大学医学部の話を紹介した。すると意外なことに読者の方から1通のメールを頂戴した。以下その内容を概略で記す。

 30数年前、帝京大学医学部の受験をしました。幡ヶ谷の短大校舎だったかな。
 ペーパーテスト直前、理事長が教室視察にたまたまおいでになったのですが、その時、質問は何かないかと試験官が受験生に声をかけたとき、1人の生徒が「わからない漢字はひらがなで書いてもいいか」と尋ねたのです。理事長にとっては、最高にがっかりした瞬間だったのではないかと、思いをめぐらせたものでした。
 帝京大学医学部の受験でひらがなの答えを要求されるという文章を拝見して、思わず昔話を思い出しました。失礼いたします。

 短く、何気ないメールだが、30数年も前の自らの入試の体験をお知らせ頂いたことに、私は感謝するとともに返事のメールを書いた。
 送信者は、おそらく自らの受験時のことが懐かしく思い出されたのだと思う。そのぐらい医学部受験は大変で思い出深いものなのだろう。
 受験というのは人間にとって越えねばならない壁であり、忘れられない体験なのだとも思った。

 今回の記事は、結論が明確になりやや長い内容になってしまったが、私が書いた軽く短い記事に読者の方が反応してくださり、直接感想をお聞かせいただいたことがとても嬉しかった。なぜならば、それはその人の人生の断片にわずかだが触れることができたからだ。

フル回転の夏!!

本が売れない時代で、出版業界、取次業界は戦々恐々としていますが“学びの本”は調子が良いようで、教学社の「医学部の面接」、「医学部の実践小論文」は、2冊同時に増刷が決定いたしました。

また、TSUTAYA BOOKS 就職ジャンルでNO1に輝いた高橋書店の一般常識の本は、6月に新刊が発表され、また、来年の1月にも新刊が出版されることになりました。

なかなか忙しいところですが、のんきに構えてはいられません。今年の1月から頼まれている某出版社の「医学部受験の新書」もそろそろ仕上げねばならないからです。

東洋経済オンラインを見られた銀座のハイカラな出版社からも出版の依頼があり、頭はフル回転の夏になりそうです。



オンライン連載は未知の世界

先日、6月18日に公開になった東洋経済オンラインの記事、“出来る生徒は「ノートの取り方」が型破りだ”は、2ページものとしては異例の70万PVを達成したそうです。

何時間もかけて考えた記事が5万PVしかアクセスがなく、移動の電車の中で30分ほどで書いた記事がランキング1位で70万PVとは、なんだか狐につままれたような感じです。世の人々は一体何に興味があるのか、全く分からなく不思議だというのが本音です。

このオンライン、マスコミ人が多く目にしているのか、ここのところテレビ出演の話や本の執筆の話がチラホラ舞いこんでいます。

どうなりますことやら・・・。

現代日本執筆者大事典(第5期)に掲載されることになりました。

先日、日外アソシエーツという会社から連絡がありました。
なんでも私の経歴と作品などを、この5月に出版予定の「現代日本執筆者大事典(第5期)」に掲載したいとのことでした。この事典は現代日本を代表する作家、研究者、ジヤーナリストなどが掲載されるとの説明でした。
日外アソシエーツといえば、2000年初頭に出版された「現代日本人名録」には既に掲載されています。ただ、現代日本執筆者大事典の第4期版には残念ながら掲載されませんでした。おそらく当時の著書の数が少ないことや実力不足などがその理由と思われます。しかしながら、今回は研究の成果として発表した医学や法学の専門の論文や20万部を超える刷り部数を記録した新書などの存在が評価されたようです。
出版社の方から原稿提出を依頼されましたが、著書の数や論文の数が膨大であること、また、講義、研究、新書の原稿執筆などが立て込みまだ提出できていません。急がねばなりません。


元教え子からの合格報告

博士のお仕事日記」を長らく更新できず申し訳ありません。
私の現状を申し上げますと、かなり忙しい日々が続いており、落ち着いて文章を書くという状況ではありませんでした。ところでご案内が遅くなりましたが今年の司法試験は、2名から合格報告、5名から論文不合格の知らせを受けました。
5名については最後まで法科大学院で指導ができず、悔いが残りますが、非常勤職は5年が任期満了ですのでいたし方ありません。せっかくですので2名からの合格報告の一部を匿名で以下に紹介します。

「今年2度目の受験で司法試験に合格することができました。これも既習2年の入学時から1年間小林先生の熱意あるご教授のおかげと思っています。本当にありがとうございました。友人から、すでに補助教員をお辞めになったと聞いたのでメールでのご報告となってしまいました。お許しください」(T.Kさん)

「ご報告遅くなり申し訳ありませんでしたが、今年の司法試験合格できました!! 出来の悪かった私に、基礎から根気強く刑法のいろはを教えていただいたおかげです。実際、まだ成績は出ていませんが、刑法は得点源になったように思います」(K.Yさん)

以上のような内容ですが、K.Yさんはとても出来が良く謙遜されていますね。いずれにしても、教育補助教員をやめても多くの教え子から様々な報告を受けるのは嬉しいものです。
今年不合格だった教え子には是非来年の合格に向け精進してほしいと思います。



新判例・裁判例を分析、研究する1週間

以前、博士のお仕事日記でも紹介しました刑法の長大な論文ですが、論文が掲載されるコンメンタールが共著のため刊行時期が大幅に延び、論文の発表が遅れております。原稿の締め切り自体は今年の3月末でしたが、共著者の中にまだ原稿が出来上がらない方がおられ、第2巻の1冊分の原稿がそろわない状況なのです。出版社に私が原稿を提出したのが4月1日でしたから、もうかれこれ8ヶ月になろうとしています。
まあ、他に相手のあることですから待つほかありません。ただ、コンメンタールの場合、共著者の原稿提出時期にずれがあると、その間にかなりの数の新しい判例、裁判例が出てきてしまいややこしい話になるのも事実です。私の場合も先日tkcで「可罰的違法性」、「正当行為」、「正当業務行為」、「超法規的違法性阻却」と検索をかけてみたところ、この間にかなりの数の新しい判例、裁判例の増加を認めました。これから重要な判例をセレクトして追加作業に入ります。仕事というのは次から次に出てくるもので、なかなか休みが取れません。この1週間は早朝から夕方まで1日10時間の研究態勢となりそうです。




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司法試験合格メール

今日は嬉しいことがありました。1年生のときから毎週1回3年間、一度も休まずみっちり刑法をお教えした法科大学院の院生から午後4時10分過ぎに司法試験合格のメールを頂戴したからです。

掲示板のナンバーと受験票のデータも画像で送られていました。4時に合格発表ですから、御両親と祖母に連絡された後、すぐに連絡して来てくれたのだと思います。と言いましても、私は現在、法科大学院の教育補助講師職はすでに退いているのです。それなのに忘れずに連絡をくれるなんて。

加藤さん、おめでとう、そして有難う。
こういう感動を味わうと、「受験指導のプロ」と人から呼ばれることも、またいいものだなと感慨にふけります。小林刑法体系の継承者が又一人増えました。
ところで、彼よりも時間をかけてお教えしたゼミ生は来年の受験になります。この調子ですと来年はさらに沢山合格するのでしょうね。今から楽しみです。


甲子園の土

今日は、29年前の私のお仕事日記についてお話します。昨日、夏の甲子園大会が終わりましたが、29年前の今頃、私は少女雑誌の芸能デスクとして、夏の甲子園大会を取材していました。今の仕事とは全く似ても似つかないですね。当時、宮崎県都城高校の左腕で田口竜二さんという方がいて、彼を取材するために、甲子園に行ったのです。田口さんは、その年の春の選抜でPL学園の桑田さんと投げあい準決勝で惜しくも敗れたのですが、そのひたむきな姿が感動を呼び、ダンボールにして何箱もファンレターが届いたそうです。カメラマンは、石川正勝さん。石川さんの御親戚がたまたま甲子園から徒歩数分の所にお住まいで、そこでお世話になりつつ取材を続けました。もう29年前のことですから、あの時の取材のことは詳しく覚えておりません。しかし、二つの事柄は鮮明に覚えています。

一つは1回戦、都城高校が足利工業高校に勝ち、彼の宿舎に取材に行ったときのことです。夕食のメニューに驚きました。その日のおかずはとんかつでしたが、少し普通と違うメニユーでした。それはご飯が大盛りのカレーライスだったことです。私もかなり食べるほうですが、とても食べきれないカレーライスととんかつが食卓にどん、とのっていたのを覚えています。
そして、もう一つ。それは、甲子園の土のことです。甲子園のマウンドにのぼったわけでもないし、試合をして敗れたわけでもないのに、何故か私は甲子園の土を東京に持ち帰りました。当時流行のキユ-ピーマヨネーズの空き瓶に甲子園の土を一杯にし持ち帰り、部屋に飾りました。理由は分かりません。しかし、毎日この土をながめていて、ある日不思議な感覚におそわれました。それは、この土は確かに甲子園の土で特別な土なのだけれど、私にとりどういう意味があるのだろうかということです。甲子園で試合をしたわけでもない私が一体何のために甲子園の土を持ち帰ったのか、不思議な気分が漂い始めました。結局、引越しを機に、私は甲子園の土を捨ててしまいました。私にとりこの土は、その程度の意味しかなかったのでしょうか。泣きながら、土を袋詰めする高校球児とはやはり意味が違ったのでしょうか。



汗牛充棟の本と論文に囲まれて

大変暑い日々が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
このコーナーでの御案内が遅れたのですが、縁があり、私はこの5月から都内の私立大学(研究所)の客員研究員を務めています。研究所の特性から、現在は日中の刑法の比較というテーマで論文を発表すべく,研究にいそしんでおります。
中国刑法というのは、わが国では研究論文が多いほうではありませんが、なかなか面白い研究対象です。特に憲法、刑法の二つの観点から興味深いテーマが出てきそうです。今は、図書館で10ぐらいの関連の論文をコピーして目を通しているところです。

その他には、出生前診断や再生医療の専門書に目を通したり、数学や生物学の専門書を読んだりの毎日です。そうですね、外出しない日は1日14時間は研究や執筆をしていますかね。そろそろ終わりにしなければならないPHP新書は、未だ少し書き足さねばならず、あと一息というところです。

ここに来て秋に向けての新刊もちらほら出版され始めました。その中の1冊、高橋書店の一般常識の本は、初刷りが30000部だそうです。本が売れない時代に刷り過ぎではないかと思いますが、30000人の大学生が目にする本を書くというのはなかなか気持ちのいいものです。いずれにしても執筆と研究の暑い日々がまだまだ続きそうです。


2013.5.29

「君が考えたのなら、それでいい」

このコーナーでの御紹介をあえて控えていたのですが、先日、私の師でありわが国の刑法学の重鎮である大塚仁博士をお訪ねしました。博士が編集責任者を務めておられる刑法の注釈書に掲載される私の原稿を御審査いただくためです。恐る恐る名古屋の博士宅にお電話しお伺いしたい旨を尋ねると、驚くことに一つ返事で快く御了解くださいました。午前中に博士ご指定の「サングリエ」というフランス料理の名店でお待ち合わせをして、最初の1時間は私の書いた論文について御論評をいただきました。

そして、その後は、博士の東京大学法学部時代の話など約3時間近く興味深いお話をお伺いしました。意外だったのは、私の書いた論文に対する博士の見解です。私は二つの質問を博士に投げかけました。
一つは、家庭内での暴行・傷害行為が、可罰的違法性の問題となるのは、244条(犯罪は成立した上で処罰阻却されるが通説)との関係で均衡を欠くのではないかというものです。親族相盗のようにいくら条文に根拠がなくとも、通常、被害の度合いが財産犯よりも高く、回復可能性も低い(弁償しにくい)身体侵害罪が、裁判例のように違法性のレベルで考慮されるというのはいかがなものでしょうと申し上げたのです。

もう一つの質問は、私が新たに導入した「権利行使と住居侵入罪」という概念についてです。「権利行使と恐喝罪」あるいは「権利行使と詐欺罪」などは一般的ですが、「権利行使と住居侵入罪」なる概念は、基本書には記述が無いのです。先人が体系立てていないこのような概念を私が導入することは正しいのでしようかとお伺いしました。
静かに私の話に耳を傾けておられた博士は、付箋が貼られた論文の該当箇所をしばらく注視されておられましたが、たったひと言こう述べられました。

「そうか、君、なかなか面白いことを考えているね。これは新しい議論と言えそうだね。ただ、君がそのように考えたのなら、それでいいじゃないか。君が深く考えてその答えが出てきたのならそれでいい。私もそれでいいと思う。」

と述べられたのです。私は、「は、はい」とひと言返事をするのが精一杯で、その後、この問題に関し更に質問を続けることはできませんでした。思い出すだけでも、胸が高鳴るので、この話の続きは折を見てお話しすることにします。

2013.5.20

共謀共同正犯と放火は的中!

昨日、司法試験の全日程が終了したようですが、4月9日のこのコーナーで私が記した刑法論文の予想はまんざら的外れではなかったようですね。問題を未だ見ていないので、何とも言えませんが、共謀共同正犯、放火が出題されたようですからね。しかし、この予想は誰でも的中しうる予想です。なぜなら、4月9日の「博士のお仕事日記」にも記しましたように、新司法試験がスタートして以来、各論の重要論点では放火と賄賂罪、名誉毀損罪のみが未出題分野でしたから‥‥‥。賄賂罪と名誉毀損罪はねぇ、しかし出題しにくいですねぇ。ですから予想から外しました。

この話については問題を見て分析の上、解答の概要をお話しすることにします。法務省のホームページにはいつ論文の問題が掲載されるのでしょうか。解答が書けずにうずうずしております。どうせ、判例に則し正犯者が加重なことをしでかし、共犯者が公共の危険の発生を認識していなかったというような出題なのでしようが、判例は認識不要説ですからね。必要説に立たなければ、錯誤の問題にもなりませんなぁ。
会話など事情を細かく拾い、共謀の射程を論じさせるのでしょうね。ところで、共謀共同正犯ということは、暴力団が主人公なのでしょうか。早く問題が見たいものですなぁ。


2013.4.4

花に嵐のたとえもあるぞ…

3月25日のこのコーナーで、“だいせんじがけだらなよさ”という寺山修司の詩を紹介しましたが、実はこの「さよならだけが人生だ」という言葉は、寺山修司のオリジナルの言葉ではありません。オリジナルなのは、彼が遊び心のある逆さ言葉にしたところだけですね。この含蓄のある「さよならだけが人生だ」という言葉は、正確には、井伏鱒二の<花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラダケガ人生ダ>という、唐のある詩人の邦訳に由来があるのです。本日の朝日新聞の天声人語にもその経緯が詳しく書かれていますね。偶然でしょうか。もしお時間がありましたら、皆さん目を通しておいてください。
4月になり、皆,新学期であわただしい毎日を送られているのでしょうね。私は、現在、目前の2冊の新書の執筆におわれています。ただ、2月まで書いていた刑法の論文と比べかなりやわらかい内容なので筆の進みが滑らかですね。余裕も少し出てきて、思索にふける時間もできたので、新しい刑法理論について構想を練りながら、様々な日々の仕事をこなしていこうと思います。



2013.4.2

古書店が減少し、ラーメン屋が増加…悲しい本郷三丁目

このコーナーでも何度かお話してきた刑法の長大な論文ですが、文献・判例解読に約6ヶ月、執筆に約2ヵ月半、校正に約1ヶ月という時間がかかりましたが、何とか3月末に完成し、4月1日に出版社に提出致しました。ギリギリではありますが、約束の期日に原稿を間に合わせました。

この日は気分転換にと、ゆったりと丸の内線に乗り、本郷三丁目で下車、東大正門近くの出版社で打ち合わせ後、近隣の古書店で古い刑法の文献を探しました。しかし、東大周辺も随分と様変わりしましたね。昔、よく通っていた古書店がいくつも消え、ラーメン屋が随分と増えているのには驚きました。

今日、ぶらりと歩いた感覚では、何となく東大周辺もアカデミックな雰囲気が消えつつあります。これはとても残念なことです。学術が食にとってかわられてしまうとはねぇ。時代の変遷でしょうか。
ところで刑法の長大な論文は、共著のため、他の執筆者の原稿がすべて揃った時点で順次刊行となるそうです。

先はまだまだ長そうですね。




2013.3.25

“だいせんじがけだらなよさ”(寺山修司)

3月17日の日曜日は、法科大学院の未修1年生のゼミの最終日でした。
この日は、複数の最高裁判例、下級審判例をもとに作成した長文の刑法の問題を検討しました。
いつものごとく、まず私が全体の流れや理論面を解説して、その後学生からの質問に一つひとつ答えながらゼミを終えました。ただ、この日は特別な意味がありました。未修1年生へのゼミとしては、私にとり最終講義だったからです。どこで終わりを告げるべきか。味わったことのない不思議な重たい空気が流れていました。「じゃあ、皆、元気で…」とそっけない挨拶をして立ち上がろうとすると、12人のゼミ生のうち2~3人が部屋からスッと消え、30秒ほどして「先生!」という大きな声とともに再び部屋に現れました。一人の手には花束、一人の手には大きなシフォンケーキとクッキーが持たれていました。

「一年間、ご指導本当に有難うございました」
これって“どっきりカメラ”ではないのだろうか。私は予期せぬ出来事に驚きを隠せませんでした。何故なら、これまで3年も4年も指導してきた学生からもこのような手厚いおもてなしを過去に受けたことがなかったからです。
私は自分を省みました。この一年間、私は「ゆとり教育世代の子どもたちはどこか私の常識とズレがあり、扱いが難しいな」と心のどこかで感じていたからです。ところが、そのように感じていたこの学生らがまさに、私の心に一本のろうそくを灯す子どもたちだったのです。

もう一つの別れの話、それは3月24日の未修2年生との別れの話です。彼らとは、1年生の頃から2年間、悲しみも苦しみも共有し合えるような、家族のような付き合いをしてきました。思い出されるのは、2年生の前期の6月の出来事です。土曜日の昼下がり、2階の補助講師室の前の廊下に何名かのゼミ生が落ち着きなく佇んでいました。「どうしたの」と聞くと、どうしても私と話がしたいというのです。聞けばなんでもないことなのです。「ここのところお会いしていないので、すっかり元気がなくなってしまった。どうしたらいいか」、というのです。私は“猪木”なのだろうかと思いつつ、彼女らと30分ほど言葉を交わしました。やり取りの中で元気をもらったのはむしろ私のほうでした。教師というのは、こういう何気ない学生からの言葉が一番心に沁みるものなのです。
2年生の前期は、学生らが訴訟法を学ぶ時期ですから、この時期、私は1年生を中心に刑法の5つのサブゼミを持っていました。私の心は彼女らの方を向いていませんでした。しかし、私がよそに出かけている間に、彼女たちはとても淋しい思いをしていたのだと感じました。と同時に、私に人の心を元気にする源泉など本当にあるのだろうか、と思ったのも事実です。

今回は、そんな彼、彼女らへの最終講義です。いつものようにつとめて元気を装いましたが、雰囲気的には、勉強どころではないですね。そして、2時間半のゼミを終えると、真心のこもった素敵な寄せ書きを頂きました。その後、皆で記念撮影をし、さらに、未修の3年生1人を加えた8名と、ひとり1人ツーショットで写真を撮りました。この写真が司法試験の合格のお守り代わりで、これから試験まで机上に飾るのだそうです。私の写真がお守りになるのかどうかは疑問ですが…。

「会うは別れの始まり」とはよく言ったものです。会えば、必ず別れが来るのですね。
でも、それが人生なのだと思います。


“だいせんじがけだらなよさ”
“だいせんじがけだらなよさ”

さかさに読むと、あの人がおしえてくれた……



2013.3.23

刑法とアール・クルー

前回は山崎晃嗣の数量刑法学について述べましたが、これは夢の世界ですね。同時に、可罰的違法性論で、そもそも違法性阻却の前に構成要件該当性が否定される「絶対的軽微型」なるものが、ネクタイを2、3度引っ張る暴行であるとか、全治5日以内の傷害であるという議論も私には虚しい話に聞こえてしまいます。
だからといって何らかの数量的な基準がないと、構成要件該当性、違法性を論じる場合の指針が何らないわけで、相応の客観的基準を探らねばなりません。

まあ、こんなことばかり考えていると、夜も更けてくるわけですが、明日も朝が早いので、アール・クルー、「ワルツ・フォー・デビー」とmihimaru GT (HIROKO)とsoweluの歌う「部屋とYシャツと私」でも聴いて寝ることにします。soweluは色白でホラン千秋に似ていますね。2人の顔を見ていると、丸山薫の詩を思い出します。
「汽車に乗ってアイルランドのような田舎へ行こう」という気分になりますね。

それにしても数量刑法学とアール・クルー、HIROKO、sowelu、つながりませんねえ。 


2013.3.21

違法性の数量化?

刑法の違法性の実質について行為無価値二元論に立ち、更に社会的相当性説をとると、行為が社会通念上相当な範囲内にあるという概念をどこまで客観化できるかが重要な鍵となります。
私は、治療行為やスポーツなどの範躊においては、その客観化は可能と考えていますが、世の中で起きている様々な事件を対象とすると、行為者の行為が違法であるか否かの分水嶺は、なかなか明確に客観化することはできません。数学のように数式化することはできないのです。

三島由紀夫の「青の時代」を読むと、光クラブ事件の山崎晃嗣(あきつぐ)は、東大法学部時代に数量刑法学(私から言わせると、これは数量量刑学ですが…)なる概念を導入しようとしたとのことですが、荒唐無稽ですね。同様に、私がこの数ヶ月間研究を続けてきた可罰的違法性の存否の基準も、数量化することは難しいと思います。人間の感情が強く要素として絡んでくる以上、いきおい、客観化は難しくなってしまう。1年間、この問題だけ考えなさいと、特命でもでれば研究し、ある程度の成果がでるのでしょうが、それでも難しいでしょうね。ところで、この問題は一般の方にも興味のある事柄と思われますので、いずれ、新書の中で展開してみたい内容だと思いました。題して、「犯罪と非犯罪の間」。何やらどこかで聞いたことのあるタイトルですね。ただ、トータル何千もの判例を研究してきて、それを法曹界だけの情報としてしまうのはもったいないというのがその理由です。どこかで、この情報を一般社会と共有できないかと考えています。まあ、この問題に関してさらに研究を積まねばなりませんが。



2013.3.7

法律学の奥の深さ

博士のお仕事日記を1月29日に更新した後、またまた1ヶ月以上が経ってしまいました。理由は様々ありますが、とにかく、忙しかったのです。
まずご報告ですが、前回の日記にも登場した刑法の長大な論文はなんとか2月の上旬に書き上げました。しかし、この後の作業である論文の校正がスゴイ。なんと言ってもラテン語の文献を含めかなりの数の文献を引用しましたから、その引用部分を再び詳細にチェックしつつ正しいかどうかを検証しなければならなかったからです。
判例も明治時代のものから現在のものまで、ざっと1500ぐらいは検討しましたので、その中で実際に引用した判例の年月日、事案の内容を一字一句チェックせねばなりません。週に3日法科大学院に出講する以外に休み無く約3週間はこんなことばかりやっていましたから、背中が張ってしまって、亀の甲羅のようになってしまいました。ただ、この仕事は私の人生にとり意義のあるものでした。
そして、又、このたびの研究の結果、多くの謎が残りました。学問というのは、学べば学ぶほど謎が増えるものですね。これはよく考えているからこうなるのでしょうか。それとも私の考えが足りないからでしょうか。分かりませんね。兎に角、法律学の奥の深さに圧倒されています。これから1ヶ月間は自説である「社会的相当性」説(これが謎です)とは何であるかを1日1時間は考えてみようと思います。こう書きましても一般の読者の方には何のことだか分かりませんよね。申し訳ありません。
次回はもう少し普通の話をいたします。




2012.7.28

外は34℃、「違法論」を研究する日々

ここのところ、大学に出講していない日は
刑法の論文を広尾の都立中央図書館でコピーしたり、
そこにお目当ての文献がない場合は
国立国会図書館でコピーしたりと、
とても慌しい毎日を送っています。

コピーを取った翌日は、涼しい部屋で
一日中文献を斜め読みするという日々ですね。

ただ、研究生活は、とても意義があります。
8月から10月にかけて「違法論」に関する
短い論文をまとめるのですが、
先人の研究者の足跡をたどりながら、
それに自分なりの新しい解釈を加えていく作業は、
とても刺激的です。

そして、また、自身の勉強不足にも気づかされます。
現在は「違法論」全般の研究の他に、財産的権利を保全するための
正当防衛について最高裁平成21年7月16日判決を素材に
考察を加えています。

2012.6.11

「可罰的違法性論」の研究は、体中がかゆくなります

今日は、私の本業の「刑法」についてお話します。

いつも、このオフィシャルサイトで
子供の教育論などを話している私ですが、
私の本業、専門は「刑法」です。

現在は、月曜、金曜、土曜、そしてときどき日曜、
週3日ないし4日は、お茶の水の明治大学法科大学院で
新司法試験を受験予定の学生らに「刑法」の
ゼミを組んで指導をしています。

これは教育者としての一面です。
一方、現在は出講日以外の火曜、
水曜、木曜、日曜は主として「違法論」に
関する論文、書籍に目を通しています。

先週から今週にかけては、
「可罰的違法性」に関する100以上の
論文・書籍に目を通し、1600位の判例、
裁判例について分析整理しました。

その過程で一番困ったのは、古書を読む作業です。

水道橋の丸沼書店で1982年刊行の
前田雅英著「可罰的違法性論の研究」(東京大学出版会)
を購入し、以前から書棚にあった1975年刊行の
藤木英雄著「可罰的違法性」(学陽書房)などを
斜め読みしましたが、前田教授の著書は書店の倉庫に
長い間保管されていたらしく、読み始めたら体中

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